<技術資料>地球上で摩擦力に勝つことは可能か?

滑走性を左右する摩擦力

スキーヤー・スノーボーダーの滑走においては常に摩擦力(frictional foce)が雪氷とソール材間に発生して滑走への抗力として作用する。

摩擦力の公式 
f =μN
f:摩擦力
N:垂直力(重力)
μ:摩擦係数

滑走と摩擦力に関わる三つの法則 (Amontons-Coulomb の摩擦法則)
 1.摩擦力の大きさは垂直力(重力)に比例する。
 2.摩擦力の大きさはソールの面積には関係しない
 3.摩擦力の大きさは滑走中の速度にも関係しない

摩擦力とは

左の図は工学を学ぶと、必ず目にする16世紀の万能人Leonardo da Vinci が残したデッサンである。
物体を縦、横のどの面を下に置いても動かすには同じ力が必要な事を示している摩擦力に関する最古の記録である。

摩擦力はなぜ垂直力に比例するのか?
この謎の解明には500年近くも要した。


摩擦力と真実接触面

20世紀になり摩擦面にはミクロレベルの「真実接触面」が存在しミクロレベルの凝着をせん断破壊する力が摩擦力だと確認された。

垂直荷重
(f)
  kg
合計
真実接触
面積 mm2
合計
真実接触
面個数
平均
真実接触
面積 mm2
平均
真実接触
面径 μ
500 5 35 0.14 426
100 1 22 0.045 241
20 0.2 9 0.022 168
5 0.05 5 0.010 113
2 0.02 3 0.0067 92

F.P.Bowden & D.Tabor A.D.1964


摩擦力からは回避不能

スキー・スノーボードでは見かけのソール面ではなく、僅かな真実接触面しか実際に雪氷面とは接触していない。その僅かな面に全荷重が集中するので摩擦力が発生する。しかし真実接触面の発生場所と時間は全く予測不可能。
つまりスキーヤー・スノーボーダーは摩擦力から逃げる事は出来ない。

しかし逆にもしクーロンの摩擦法則を越えて摩擦力から逃げれたら?
摩擦自体を抑制出来れば滑走性・耐久性の大幅アップが可能では?

2010年にこの「不可能な作戦」に着手し、その実現までは4年を要した。


さて、ここで一度基本に振り返ってみよう。
「そもそも何故スキーは滑るのか?」
まだこの全容までは未解明だが今までの研究で
 ・雪氷表面の融水によるもの <水潤滑説>
 ・ソールの摩擦係数が低いから<固体潤滑説>
この二つの説が有力で、実際には雪の結晶状態などでこの二つが相互作用していると考えられる。

よってスキーワックスもこの二つの相互作用を活用して滑る様に設計されているが、実際には滑りが不十分な時が多いのはなぜだろうか?


水潤滑の限界 ストライベック曲線が示す理想と現実

現在のスキー潤滑の基本は高分子量ポリエチレン製のソール材にポリエチレンンよりも軟質で疎水性が高い固形パラフィンを定着させて、この撥水効果で雪氷面の融水層での流体潤滑に依存している。
しかし流体潤滑で良好な摩擦係数を保つ為には速度と荷重毎に流体に粘度と膜厚の調整が必要なのでどうしても潤滑効果は限定的になる。
この不完全な作用のため以下の問題が生じる。

・複雑なワックス選択の必要性
・急変し易い雪山気象に追随不可能


固体潤滑の限界 主なスキー用潤滑材の特性が示す不完全さ

区分 名称 潤滑性 撥水性 防油性 磨耗性 環境性 美観性
フッ化物 フッ素樹脂(PTFE) ×
層状構造 黒鉛系(graphite) × × ×
硫化系(Mos2/Ws2) × ×
ボロン系(BN) ×
複合系 フッ化黒鉛(CF)n
軟質合金 ガリウム合金(ga-) × × ×
球状分子 フラーレン(C60) × ×
ポリエチレン(LD) × × ×
シリコーン油(Si-) ×
  • 1988年にフッ素系ワックスが誕生。世界中で多用されてきたが2015年からは全面規制。
  • フッ素系の次に多用されているグラファィトなどの層状構造体は寿命が短い欠点がある。
    また潤滑性はあまり良くないので多くのスキーワックスでフッ素と共配合されている。
  • 層状構造体でも二硫化系は濃黒色でソールグラフィックが台無しになるので敬遠される。
    他産業のカーワックスや床用ワックスには白い下地を輝かさずに逆に黒く汚すものはない。
  • スキーワックスの生産元は海外大手製が大半。塩分の多さ、黄砂・PM2.5など降下物の増大という日本固有の問題に非対応。また国産品でもいわゆる「掴み雪」に対処が不能。
  • 既存の潤滑材は全て不完全。環境に無害で長寿命、高効果なものは存在しない。
  • 既存のあらゆるスキー用潤滑材そして資材も近年の雪質悪化には対応できない。


つまり既存の潤滑技術では摩擦力から逃げることは出来ない。